人と復興|阿蘇に生まれ育った写真家の復興活動:写真家 長野良市さんに聞く

熊本地震の発生から約半年。「それでもまだ倒壊家屋は片付かないという印象です」と言うのは、写真家の長野さんだ。南阿蘇村に生まれ育ち、地元在住。村の被災もカメラで記録してきた。写真冊子『ゼロの阿蘇vol.1』は、本震の4月16日から5月2日までの様子をとらえる。写真家の使命としてこれらを報道し、後世に残すためだった。24年前の写真集『阿蘇』では、この地の美しさを「子ども時代の原風景」として撮影、地元で暮らす者の眼に写るものを伝えた。同じ眼で被災の現実を見たものが、先の写真冊子『ゼロの阿蘇』だった。

阿蘇大橋が崩落し、俵山トンネルが不通になったことで、熊本市内から南阿蘇村へのルートは峠越えの山道2本となっている。しかし被害は村全域ではなく、おおむね西側の特定のエリアに集中した。「被災状況を伝えたい考えがある一方、支障なく営業できる観光地も多く、そこへの集客を抑制したくはない。いつもの阿蘇があるから、ぜひ大勢の人に足を運んで欲しい」と長野さんは複雑な思いを語る。

1次避難、2次避難の時期を経て、現在は計画より少し遅れて竣工予定の仮設住宅への入居準備が進む。住宅問題はやや落ち着く時期に入った。初期に30数団体あった支援ボランティア団体も、10月にはほぼ撤退するという。しかし、倒壊建物の解体処分という課題は残る。廃材処分場が確保できないなどの理由で、公費解体もなかなか進まない。温泉街の商業施設ではグループ補助金の申請も進むが、履行は2、3年は先だという。また、農地や牧草地が断層亀裂で喪失した他、水路の遮断で断水が大きな被害をもたらしている。

長野さんは発災直後、仲間と「南阿蘇ふるさと復興ネットワーク」を設立。寄付を集め、ボランティアの受入対応をする。また、「九州学び舎」も立ち上げ、『ゼロの阿蘇』を復興支援写真集シリーズとして継続出版する他、阿蘇の旅行企画・運営や、害獣を食材に活かす商品開発も始めた。いずれも地元民が中心だ。

「復興は、地元の人が主体性をもって継続しなければならないもの。そのための知恵や意志を集結したい」

長野さんの写真家としてのフットワークは、いま地元 の復興にも活かされている。

文=高木伸哉
(2016年11月発行『震災リゲインプレス』第19号より)


南阿蘇ふるさと復興ネットワーク

https://www.facebook.com/minamiasofurusatofn/

九州学び舎(下記サイトから写真集購入や寄付も可能)

http://kyushumanabisha.wixsite.com/home

長野良市ウェブサイト ~阿蘇を撮る写真家

http://www.earth-aso.jp/

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