映画でみる震災と復興

「語ること」と「聴くこと」で残るもの

『東北記録映画三部作』

三部作1-なみのこえ_メイン
「なみのこえ」 ©サイレントヴォイス

監督:酒井耕・濱口竜介 配給:サイレントヴォイス
第一部「なみのおと」2011年 142分
第二部「なみのこえ」2013年 109分(気仙沼)+103分(新地町)
第三部「うたうひと」2013年 120分

第一部は震災直後に、第二部は約一年後に、カメラの前で震災について話す二人は、三陸沿岸で被災した夫婦だったり友だちだったり、親子だったり。やがて映画が進んでいくにつれ、「あれ?」という疑問が生じる。ごく近しい同士のはずの二人が、こんなに大きなことについてこれまで話していなかったのだろうか?たとえば第一部では「あの日までどうしてきたか、あの時何を感じたか」、第二部では「今何を感じているか、これからどうしていきたいか」。お互い初めて耳にする相手の胸の内に、「へぇ、そんなこと考えてたんだ」という言葉さえ漏れる。

「語ること」も「聴くこと」も、ただそこに誰か居るだけで簡単にできることでは実はない。震災に限らず会話力の大切さが言われるようになって久しいが、本当に必要なのは個人的な力ではなく、日々の暮らしの中で身近な人たちと「今から語りあいましょう」という場をどれだけ築いているかではないか。そしてその「場」が日々の暮らしから失われつつあるのではないか。それをこの映画は気づかせてくれる。「果たして自分たちには日常どれだけこういう場があるだろうか?」と、映画の中の夫婦や友人たちを、我が身に置き換えずにはいられなくなる。

三部作2-うたうひと_メイン
「うたうひと」 ©サイレントヴォイス

そして、この映画の撮影自体が東北の人たちにとっての「語り合いと聴き合いの場」となり、だから皆それまで話したことのない思いを言葉にして大切な人に伝えはじめるのだということがわかってくる。おそらく、これをただ綿々と続けていくことでしか残らないものこそが、三部作の最後に行き着く「民話」の世界なのかもしれない。そこで語られている民話が哀しくも豊かに心打つのは、人びとが「語り合いと聴き合いの場」を大事に紡いできた、その結果育まれたものだから…

被災風景を映すことをあえて避けたこの三部作により、震災の「語り合いと聴き合いの場」が100年後まで紡がれていったら、そこで見られるものは果たして「民話」なのか、それともまったく別の形になっているのか。この映画を観る人は、スクリーンで語る人の声を聴く一人として貴重なその「場」に参加し、そしてそれを自分自身の日常にも作ろうとしはじめるだろう。(中川哲雄)


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福島の米づくりを未来につなぐ営み

『天に栄える村』

©桜映画社
©桜映画社

監督:原村政樹 配給:桜映画社 2013年 106分

放射性物質が降下した福島県天栄村で、再び安全で美味しい米を作ろうと奮闘する米農家たちの日々が丹念に描かれる。「悲劇のドラマ」などではない。声高な主張もない。しかし見るものの胸に染みて、震災後の時間の蓄積、その重みを感じさせてくれるだろう。土に生きる人々の行動は、とにかくすべてが具体的だ。徹底的な計測。現状を数値で把握し、安全な米作りのための方法を理詰めで割り出していく。天栄村は、震災の前から地域の農業振興のための改革を見事に成功させ、「食味日本一」の栄冠を獲得した土地だった。その蓄積をもとに、困難は克服されたのだ。実りの秋、運命の測定の日がやってくる。結果は不検出。米農家たちの顔に、初めてえも言われぬ安堵の表情が浮かぶ。感動的だ。だが同時に、自分がこれまでいかにうわべでしか「食」や「農」とその「安全」を理解していなかったかも痛感した。「当たり前」がいかに貴重であるか。誰がどのようにそれを再生しようとしているのか。誰に対してもたくさんの「気付き」を与えてくれるだろう。(三浦哲哉)


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失われるもの/つなぐものを考える

『ASAHIZA 人間は、どこへ行く』

画像03asahiza01

監督:藤井光 配給:ASAHIZA制作委員会 2013年 75分

福島県南相馬市の映画館「朝日座」をめぐる人々の記憶をたどったドキュメンタリー。朝日座は1923年に芝居小屋として原町(現・南相馬市原町区)に誕生し、かつて街の中心的存在だった。現在「福島第一原発から30キロ圏内」とされる同地域の受けた打撃は察するに余りあるが、一方で以前から郊外への人口流出と空洞化が進んでいた(朝日座も1991年に閉館)。本作はその状況も含む90年余の「映画館の思い出」を通し、人々の苦楽の営みを浮かび上がらせる。映画黄金期を知る食堂店主、初デートが同館だった老夫婦、閉館後も有志が続けた上映会のアルバイト女性たち。記憶をたぐる彼らの顔は柔らかで、だからこそ観る者は考えさせられる。失われていくものの存在や、それでも続く暮らしの中で何をつないでいけるのかを。また、未曾有の大災害と日本各地に見られる状況をある意味でひと続きに扱う視点は、困難に向き合い続ける姿勢を考える上で示唆深い。映画終盤には本作を他ならぬ朝日座で上映した穏やかなひとときが挿入され、そうした思いを一層強くさせる。(内田伸一)


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一般社団法人コミュニティシネマセンター
電話:050-3535-1573
E-mail:film3@jc3.jp
映画詳細:http://hikarufujii.com/archives/983

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